お山のたまごシリーズ☆にゅーす☆

本当のおいしさを求めて―。お山のたまごシリーズができました。 くだかけ生活舎産の お山のたまご、そして“お山のたまごシリーズ・やさい”のご紹介ページです。

八重桜満開

農園ではソメイヨシノやしだれ桜、マメザクラなどがおわり、今度は里桜(八重桜)系が満開になろうとしています。
農園に桜などを植えはじめたのが8年ほど前のこと。それまでの僕は、山奥をがむしゃらに開墾して、なんとかやって行けるだけの生産体制を整えることしか眼中にありませんでした。畑の日陰になると言って桜や桃を切る男でした。そんなある時、たまたま見学に行った農場のすぐ横に、ソメイヨシノが何本も生えていて雰囲気が良く、すごくうらやましく思ったのがきっかけです。
小さな苗木を買ってきて植えたので、見栄えが良くなるまでいったい何年かかるのだろうと気が遠くなる思いでしたが、あっという間に大きくなり、僅か8年目にしてなかなかです。

KIMG1385.jpg
↑よく見かけるのが「紅華」。これよりさらに濃い色が「関山」。関山は、花弁を漬物にして食べることができる。
KIMG1384.jpg
↑きれいすぎるからこの名がついた「楊貴妃」。
KIMG1389 (1)
↑しかしその楊貴妃よりさらにきれいで、パーフェクトな八重桜が「松月」。花の縁が薄ピンクでしかも葉が薄緑、花数が多くてとってもボリューミー。写真が下手すぎて全然きれいに見えません。晴れた日に実物を見に来てください。

これらの他に、一葉桜や福禄寿なども咲いています。

p.s 野菜ボックス(季節の無農薬有機野菜詰め合わせ)のご注文お待ちしております!卵もよく産んでいます(^^)
スポンサーサイト

この農園をどうするか。少し見えてきた。

この春の農園も、合宿やら自覚祭やらで、およそ単調という言葉の対極にある毎日が続いている。
そんな中でも一番の出来事は、やはりYスがここを出たということだろう。ここに通い始めたのが中学二年くらい(?)で、その後住むようになって、この春、大学に進学するので家に戻った。
親御さんに「お世話になりました」という言葉をかけられると、違和感を感じる。なぜなら、こちらとしては何もお世話なんてしておらず(一緒に生活していた若者は面倒見たりしたかもしれないけれど)、むしろ私たちのメチャクチャな山奥ライフに長年付き合ってくれたことに非常に感謝している。
Yスは、合宿好きで有名だが、農業の僕から見て一番印象的だったことは、猪やブタを飼っていたことだ。僕は前から、猪やブタを農園で飼ってみたいと思っていたけれど、田畑や鶏で手一杯でできないでいた。そこで、Yスが興味を持っていたので、飼って大きくし、肉にして食べることができた。

ところで、「ここの農園をどうするか?」という問いがこの数年間、ずっと僕の頭の中にあった。
鶏も、畑も、田んぼも、果樹も、加工も、狩猟も、精肉も、大工仕事も、道作りも・・・・なんでも自分たちでやってしまう万能農園を作りたいのかも知れない、と思った時期もあった。だけど、時間や体力には限界がある。
本当に何でも自分でやったとして、それが何になるのだろう。無理をしても、自分でやることが好きな自分は楽しい。しかし、一緒に生活しているみんなは、どうなのか。
数カ月前、たまたま友人のSNSの投稿で、ある本の書評が書いてあった。その中で親方の定義というのがあり、「自分の美意識を実現するためにみんなを使うタイプ」と、「みんなそれぞれの創意工夫が発動するためのプラットフォームを整備するタイプ」がある、みたいなことが書いてあった。それを読んでこれだ!と思った。
僕は、この農園を、みんなの創意工夫が発動するためのプラットフォームにしたいと思った。

話が猪&ブタ&Yすに戻るが、Yスが興味を持ち、いろいろ調べながら育てて食べるところまで行くのをやったのは、まさに創意工夫が発動したのだと思う。
ちなみに、妻は小説を書いているし、今いる若者は、麦を育ててパンを焼いている。
誰もが創意工夫が得意でそれが好きだとは思わないし、ただただ学んだことをトレースしていくことが好きな人もいるだろう。トレースするだけで精いっぱいで、とても創意工夫なんてやる余裕なんてない人もいるだろう。
だからまあ、創意工夫が絶対だとは思わないけれど、創意工夫は楽しい。
創意工夫が発動するには、少し余裕が必要だ。そう考えると、何でも自分たちでやりたいという僕個人の野望は少し抑えなければならないことが分かってきた(やっと・・・)。


p.s野菜注文お待ちしています!

動物を食べる生活

うちは山奥なので、農場が野生動物に囲まれているような状態でいろいろ育てている。いろいろ血なまぐさいことを年中やっているのだが、僕はもともと、こういうことは大の苦手だった。子どもの頃、飼っている鶏は卵を産まなくなっても飼い続けたし、猟期になって鉄砲の音が聞こえれば、悲しい気持ちになっていた。
息子(5歳)がショックを受ける心配があるので、血なまぐさいものはあまり見せたくない。
しかし、どうしてもタイミング悪く見られてしまうこともある。鹿猪を獲ったらすぐに洗って中抜きをしなければならないのだが、水道がある家の前でやる。ちょうど腹から出している時に、幼稚園に出かける息子が通りかかる・・・。「あらあら・・・。」と言って素通り(笑)。しょっちゅう家に前にぶら下がっているものだし、モツを洗って食べたりしているものだから、いまさら内臓を見てもおどろかないはずだ。
こないだの夜は、飼い犬(猟犬)が何やら吠えているので見に行くと、小屋と土手の隙間にタヌキがいる。そのタヌキはエサ小屋を荒らしまくって指名手配中だったため、さっそく猟にとりかかる。息子がライトを持って照らし、犬が吠えて追い詰め、私が反対の出口に檻罠を設置して待つ。しかし、タヌキもなかなか勇敢に、犬に食いついてかかる。こういうのは3人の息が合わないととれないものだ。30分以上の攻防の末、タヌキが檻の踏み板を踏、みごと捕獲。
息子は、てっきりタヌキが可哀そうになって飼いたいとか、逃がしたいとか言いだすのかと思っていたら、「血抜きして食べたい」と(笑)。しかも何故かパンダだと思っているらしい。世の中の幼稚園児は、抽選で上野動物園のパンダを見たいとか言っているのだが、うちの子は自分で捕獲して、しかも食べるつもりでいた。
まだ、あの世に送る瞬間は見せたことがないし、見せたくはない。動物にとっては辛い瞬間だし、人間にとっても負担のある瞬間だ。本当に失敗無く、楽に送ることができるようになった時、もし息子が希望するなら教えようと思う。

農園情報

26940473_556123208075878_954039417_n.jpg
↑ヒヨコを導入しました。いつもの年より一カ月以上早い導入で、厳冬期ですが、生後4日目でもう外で遊んでいます。

26943550_556123071409225_1531799583_n.jpg
↑秋から続く天候不順で野菜栽培大苦戦。この先、2月3月は野菜品目数が極端に少なくなる恐れ。つなぎとしてトンネル栽培で葉物を蒔いたりしていますが、乗り切れるかどうか・・・。
ちなみに、この葉物の畝は、ニンジンの収穫を終えたばかりの畝をそのまま使っています。夏に太陽光マルチをやってあるので、まだ雑草が生えにくいです。耕したり畝立てしたりしなくていいし、雑草も少なくなるので、春作はほとんどこの方法で栽培します。去年、ためしに大根やニンジンもこの方法でやってみましたが、曲がりもほとんどなくよくできました。

26940580_556123438075855_911604903_n.jpg
↑最近読んでいる本。僕は農業をやりながら、常に「耕作によって作られる景観」とか、「なぜ、どうやって山奥に人々が住み着いたのか」とか、「人々が山の中で自然とどのように調和して生きてきたのか」とか考えている、というか感じている。
僕は16歳で段々畑を開墾して麦を栽培し、その辺から農業にズブズブと入っていった。その後、農学部か何か理系に進もうとしながら結局、史学科に進学したんだけど、その時、勉強したかったのはこういうことだったのかなあと思う(結局は中退)。今もよく分からないんだけど。
こないだ、妻が「農民文学」というところに寄稿していた。それも自分の感性に近いなあと思った。
民主主義の時代より前の歴史って、結局はその時代に目立っていた権力者の記録なのだと思う。権力者はいろんなからくりにより、その他大多数の農民とか奴隷の生産により生活していたのに、なぜか威張ったりしていて、しょうもねえなって思う。あと、権力者の歴史って、多くが戦の話なんだけど、戦死者の話ってのはほとんど無いってのも違和感ある(記録するほどいちいち目を向けていなかったんだね)。
権力者の歴史もおもしろいけど、山奥の山林に残された段々畑の痕跡とか、お宮まで続く道の痕跡とか、江戸時代の氾濫以来埋まっている水田の底の大岩とか、そういう人々の暮らしの痕跡が楽しい。権力者の歴史は、いかに権力を拡張するかとか、維持するかとか、後世に名を残すかとかだけど、人々の暮らしの歴史は、まさに日々生きていく、平和に暮らしを続けてゆくことが目的になっていたんだなあと思う。ま、それは民衆というか、農民を美化しすぎというやつか。農民だって意地汚く勢力争いしていたし、いじめとか差別とか、そんなこともたくさんあっただろう。
人間ってやっぱり強欲・・・だけど、良くなろうとしてしている人もいる。だから世界の歴史を見ると、七転び八起きのようにだんだんと良くなっているような気がする。
人類ってどうなっていくのかねえこの先。ってのが農業やりながら思うこと。

薪ストーブの多面的機能

26168870_963764227105715_6148442938331644909_n.jpg
薪ストーブって、何役こなしてるのか。
部屋の暖房。
煮ものとか鍋とかは余裕。ご飯だって慣れれば炊ける。餅だって焼ける。
山々の間伐材や枝を燃やすので、山林の整備にも繋がっている。
灰は畑のミネラル肥料として重宝している。
シュレッダー代わりに文書を燃やすこともできる。
あと、いつもやかんをかけてあるので、お湯が大量に沸く。それをポットにとっておいて調理に使うので、冬はガス代がグーンと安い。
合宿とか、大人数の湯たんぽも満たすことができる。
最近、新たな利用法を思いついた。それは、昼間も湯たんぽを使うこと。僕はとても寒がりで冷え性だけど、若者たちは冬でも半袖とか暑がり。だから、部屋の温度をあまり高くすると、冷たい視線が刺さることになる。
そこで、朝に薪ストーブで沸いたお湯を湯たんぽを入れる。そして、椅子の上の座布団二枚に挟んでおく。外の作業から帰ってくると、座布団一枚はそのまま椅子の上に、もう一枚と湯たんぽは床に置き、お尻と足が温かいというわけだ。
卵拭きの時に、その湯たんぽを持って行って足元に置いておくと、とっても楽。終わったら、また食卓の椅子の上に置いておく。うまくいけば、朝入れて夕飯の時まで使える。とってもエコでしかも集団生活に適った暖の取り方だ(^^)v

26942906_556122998075899_1694222847_n.jpg
↑この細いのは、使用済み割りばし。お蕎麦屋さんで取っておいていただいている。お蕎麦屋さんのゴミも減り、炊きつけにとても便利。

FC2Ad