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お山のたまごシリーズ☆にゅーす☆

本当のおいしさを求めて―。お山のたまごシリーズができました。 くだかけ生活舎産の お山のたまご、そして“お山のたまごシリーズ・やさい”のご紹介ページです。

うちの方向性を考える時、避けて通れない限界集落という問題

朝、車で山道を下っていると、業者がユンボとトラックで道直しをしていた。雨のたびに水で路面の土が流され、デコボコになっている道。次々とタイヤがパンクする、車が壊れる、ゆっくるでしか通れない道。
いつもは自力でデコボコに土を入れたり、排水口を作ったりして道をメンテナンスしているのだが、あまりにもひどく掘れているのと、距離が1キロ以上と長すぎるので手が回らず、直すのを役場にお願いしていた。お願いしてからもなかなか出来なかったようで、先日、二回目の電話をして、ついに実行してくれた。
やっとこれで車が壊れずに済む、常に気になっている道直しにかける心身の負担から一時的に解放される、とホッとしたと同時に、異常に悲しくなってきた。
誰もが便利で効率的な都会に住むこの時代で、俺は山奥で生きてやると威勢良くしていたはずなのに、結局は役場の助けが来るまで自力で直すこともできず、そして助かったと思っている情けなさ。
中古のユンボを購入して道路維持に役立てると吹聴しながらも、様々な事情で導入できずにいる中で、業者のユンボに助けられ、自分の無力さを感じた。
そしてなにより、たったうち一軒のために、町の限られた財政を使って道直しをしてもらうことは、非常に申し訳ないという気持ちだ。最近、限界集落に関する本を何冊か読んでいるのだが、グローバルな経済競争の視点から見れば、効率の悪い山村などは住むのをやめて、中核都市に人口集中させた方が良い、という意見がある。つまり、山奥に住む少人数のために、道路や電気、水などのインフラを維持するのは効率が悪いから、都会に住めというのだ。
また違う意見では、いや、一見非効率的な山村も、もし何らかの理由で輸入が途切れれば、食糧、エネルギー、木材などの重要な供給源になる。また、モノだけではなく、里山や農村の風景は、国民に懐かしい気持ちや癒しを与える貴重な財産である。農山漁村に人々が住み続け、村を維持する意味は決して小さくないという。
どちらの意見を信じるのかと言われれば、後者を信じるしかない。そうじゃないと一日たりとも頑張れない気がする。
グローバル経済を否定するわけじゃない。多くが都会に住むのを否定するわけじゃない。だけど、全部がそれでいいのか。農山村、地場産などとのバランスが必要だと思う。
気が付けば旧村の地区全体(旧小学校区)で、小学生以下はうちともう一軒だけしかいない。都会より田舎の方が合計特殊出生率が高いというけれど、これじゃ本能的に殖やしたくなるはずだ。消防団で地区を回ると空き家だらけだ。なんとか頑張ってきたお年寄り世帯も急激にお亡くなりになっている。
日本中で同じような状態が進行している。滅びかけている農山村をいかに復活させるか。それ以前に、農山村でどのように生きてゆけば楽しいのか。農山村で生きていくということが、社会全体においてどのような意味を持つのか。
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