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お山のたまごシリーズ☆にゅーす☆

本当のおいしさを求めて―。お山のたまごシリーズができました。 くだかけ生活舎産の お山のたまご、そして“お山のたまごシリーズ・やさい”のご紹介ページです。

農園情報

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↑ヒヨコを導入しました。いつもの年より一カ月以上早い導入で、厳冬期ですが、生後4日目でもう外で遊んでいます。

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↑秋から続く天候不順で野菜栽培大苦戦。この先、2月3月は野菜品目数が極端に少なくなる恐れ。つなぎとしてトンネル栽培で葉物を蒔いたりしていますが、乗り切れるかどうか・・・。
ちなみに、この葉物の畝は、ニンジンの収穫を終えたばかりの畝をそのまま使っています。夏に太陽光マルチをやってあるので、まだ雑草が生えにくいです。耕したり畝立てしたりしなくていいし、雑草も少なくなるので、春作はほとんどこの方法で栽培します。去年、ためしに大根やニンジンもこの方法でやってみましたが、曲がりもほとんどなくよくできました。

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↑最近読んでいる本。僕は農業をやりながら、常に「耕作によって作られる景観」とか、「なぜ、どうやって山奥に人々が住み着いたのか」とか、「人々が山の中で自然とどのように調和して生きてきたのか」とか考えている、というか感じている。
僕は16歳で段々畑を開墾して麦を栽培し、その辺から農業にズブズブと入っていった。その後、農学部か何か理系に進もうとしながら結局、史学科に進学したんだけど、その時、勉強したかったのはこういうことだったのかなあと思う(結局は中退)。今もよく分からないんだけど。
こないだ、妻が「農民文学」というところに寄稿していた。それも自分の感性に近いなあと思った。
民主主義の時代より前の歴史って、結局はその時代に目立っていた権力者の記録なのだと思う。権力者はいろんなからくりにより、その他大多数の農民とか奴隷の生産により生活していたのに、なぜか威張ったりしていて、しょうもねえなって思う。あと、権力者の歴史って、多くが戦の話なんだけど、戦死者の話ってのはほとんど無いってのも違和感ある(記録するほどいちいち目を向けていなかったんだね)。
権力者の歴史もおもしろいけど、山奥の山林に残された段々畑の痕跡とか、お宮まで続く道の痕跡とか、江戸時代の氾濫以来埋まっている水田の底の大岩とか、そういう人々の暮らしの痕跡が楽しい。権力者の歴史は、いかに権力を拡張するかとか、維持するかとか、後世に名を残すかとかだけど、人々の暮らしの歴史は、まさに日々生きていく、平和に暮らしを続けてゆくことが目的になっていたんだなあと思う。ま、それは民衆というか、農民を美化しすぎというやつか。農民だって意地汚く勢力争いしていたし、いじめとか差別とか、そんなこともたくさんあっただろう。
人間ってやっぱり強欲・・・だけど、良くなろうとしてしている人もいる。だから世界の歴史を見ると、七転び八起きのようにだんだんと良くなっているような気がする。
人類ってどうなっていくのかねえこの先。ってのが農業やりながら思うこと。
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